これから

 

将来の夢は何かと聞かれて即答できる19歳は少ないと思う。

少なくとも私は答えられない。

確かに聞かれれば以前書いたように材料工学の勉強がしたいと思っています、とさらっと言ったりする。

しかし最近は将来何をするかについて考えたりする。

別に副業が認められてる今、一つに絞る必要はないのかもしれないが、それでも全てを同じエネルギー量でできる訳はなく、どうしてもメインの仕事としてできるものは限りがあると思っている。

 

最近は自分は何がしたいんだろう、と言うよりも何ができるのだろう、と考えることが多い。これは、決してマイナスの意味ではない。自分の食べていくための職業ではなく、天職は一体何なのか、を考えてしまう。

 

少なくともビジネス関係の仕事は向いていないと思う。中学生の頃はマーケティングにかなり興味があり、街に出ては店舗の立地や商品の並べ方を観察していた時期はあった。今も確かに興味はある。でも多分一つの企業に勤めるのが向いていないのだろう。安いものがいいとは思わないし、何なら安さを追求するぐらいなら、高くてもいいから技術者や開発者、工場の人へそれなりの対価を払うべきだと思っているぐらいだ。

何より私の最大の問題点はお金への興味があまりないことかもしれない。確かに、ないのは困る。それはわかっている。今の私の家も別に裕福ではない。むしろ、世間的には貧困家庭に分類される。小学校の頃は習い事ができなくて文句を言ったりもしたし、中学生の頃は部活動の充実した私立高校に通わせてもらえないことに腹を立てた。でも何より嫌だったのは、家族みんなが安さを追求したり、お金にならないことは意味がないという態度が嫌だった。中学の頃は給食も補助が出ていたためお金を払わず食べれたし、高校の授業料も免除してもらっている。18歳までは医療費もかからず、貸与ではあるが奨学金も借りることができた。そこに一切の感謝を示すことなく被害者ぶっている家族が嫌だった。お金をかけるべきところにはかけず、浪費にお金を使う姿を見て、仕事を労働と捉える姿を見て、私はお金のためではなく自分のために働こうと思った。

話が大幅に逸れたが、私は仕事に価値を提供するべきだと思っている。アジアの国々から留学生という名目で日本にやってきた学生が安い賃金で工場などで働いている。非正規雇用の人の立場が弱いことも問題視されている。そんな中で一つ一つの仕事がもっと技術として認められ、働きに見合った対価が必要だ。安い労働力として酷使するから、スーツのボタンがすぐに取れたり、高速バスの事故が起こったりするのではないだろうか。中学生の頃、ツアーバスで事故が起こっても、旅行会社は何の責任も負わないということを知って驚いた。バス会社に全ての責任があるとされるのはおかしいと思った。バス会社は旅行会社の希望通りにバスを走らせないと経営が厳しいことは、年々学校へ向かうバスの本数が少なくんなっていく地域に住んでいるものとして知っているつもりだ。少ない運転手で旅行会社の希望通りバスを走らせれば、どこかで事故が起こるかもしれないことくらい中学生の私でも理解できる。もしかしたらもっと複雑な関係があって、まだ社会に出ていない私にはわからないことがたくさんあるのは重々承知の上だ。しかし確かに高速バスは安いし、私も東京に行く時は何度かお世話にもなった。でもその時高速バスの比較サイトで、その日の最安値を調べて予約した時、自分もどうせ安いのがいいのか、と思って少し悲しかったのを覚えている。

あまり頭の中で整理できてないのに書き出したからぐちゃぐちゃになってしまった。こういうところがまだまだだな、と思う。

 

 

 

一つだけこれは絶対にやりたいことがある。

それは樹木医として活動することだ。

木には不思議な力がある。私たちを暖かく包み込む。時に厳しく、時に優しく、これまでずっと日本人の生活を支えてきた。

私は木の幹にそっと触れるのが大好きだ。ギュッと抱きしめたくなる時もある。

根っこのちょっと出っ張っているところに腰掛け、ずっとここで風で葉が擦れ合う音と、鳥の鳴き声と時々何かが落ちる音をずっと聞いていたくなる。

小さい頃、私はずっと木は強いものだと思っていた。何事にも一切動じることなく静かに立っている、そんな姿をかっこいいとおもっていた。

でも東日本大震災の時、地震の揺れによって地中の中であちこちの根が切れ、一年くらい経って、枯れてしまう木がたくさんあった。

津波の被害を受け、根が腐ってしまった木は有名だが、私は雨や雪や風にずっと耐えてきた木が見えないところで傷ついていた、というのに衝撃を受けた。と、同時に何とかして守りたいと思った。木は静かだから自分から大きな声でSOSを求めたりはしない。少しずつ、少しづつ、弱っていってある年、枝も葉も茶色くなったりする。でも木の下には木に守られて例年通り花が咲いたりする。世界中の木を守りたい、とかそういうことは思ってはいないが、木の声を聞いてあげたいと思っている。

 

あともう一つ、

たくさんいる学ぶことを諦めている中高生にあきらめなくていいよ、と伝えたい。いや、単に言葉だけでなく、適切な情報を与えたい。

当たり前のように進学しない人はたくさんいる。私はそういう人に選択肢を与えたい。進学をしないならそれでもいい、ただ進学をするという選択肢を考えた上で決めて欲しい。それは進学を決めている人にも。手の届く無難な進路ではなく自分で決めた進路に進んで欲しい。北欧の国には劣るかもしれないが、意外とこの国は進学に対する援助はいろいろある。姉は大学に進学し、兄は高卒で働く姿を見て、経済的にどうとか、親の学歴がどうとかって関係ないんだな、と思った。私の高校はほぼ全員が四年生大学に進学する。その中で就職を選んだ友人がいた。高校を途中でやめて新たな道に進む友人もいた。彼らの自分の進路に対する真摯な姿勢と、適切に周囲のおとなに相談し、進路を変えたり貫き通す姿はかっこいいと思った。こんな選択肢もあるんだよって伝えられる人になりたい。